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文楽、井上ひさし。

国立文楽劇場の「夏休み公演」
午前中は、「親子鑑賞会」もあってなかなかの人気らしい。
「サマーレイトショー」が「井上ひさし」作だというので、観に行った。
H2807bunraku_haiyaku_omote.jpg

金壺親父恋達引(かなつぼおやじこいのたてひき)
 井上ひさし=作  野澤松之輔=作曲
  -モリエール「守銭奴」による-


井上ひさしで「人形」といえば、ひょうたん島を思い出すが、
守銭奴のオヤジと、それを苦々しく思いながら堂々と逆らえない息子に娘。

奇想天外な展開で「ハッピー」に終わる・・という、まあ、この手の筋としてはありがちだが、
じつに面白い。 (親子の再開の感動場面を目にしても、「金壺」だけが命・・という姿勢が変わらないオヤジも。)

(娘を金持ちに嫁がせて金蔓にしようという発想はともかく、いくら嘘つき婆さんに騙されているとはいえ、
 若い娘が持参金付きでオッサンの後妻に来る・・という設定はかなり無理があると思うが・・。
 そういうムリヤリ感も、文楽だ。)

今回がたまたまなのか、さいきんの傾向なのか、お客の年代が若くなっている。
(外国人もチラホラ)
確実に、労演の会場のほうが「老演」になっているなあ。
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テーマ : 演劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

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「博士の愛した数式」小川洋子~ 映画版(TV)

(BS朝日の放送。12/27)
この作品は、最初に映画上映をみて、
次に原作を読んで、
さらに「青年劇場版」の舞台を観て、の順で。

何度か、TV放映をみて、
DVDも…、ということで、けっこう、回数はみているが、
放映があると、予約する。(録画はせず。)

何度もみると、TV放映で「カットされた」場面が、リアルに分かるようになってきた。

で、
作者(岡山A日高校~早稲田文学部)も脚本家も、数学シロウトだったのか、
「数式」でミスをする。
(これは、「虚数i」の説明だから、カットできない場面。待ち構えて画面撮影した。)

√1 = +1 × +1
これは明らかに間違いだ。平方数と平方根が逆になっている。
moblog_fc957963.jpg

本来は、
+1 = +√1 × +√1 と、
+1 = -√1 × -√1 とを並べて、

じゃあ、
「-1」 =「何」の2乗?
√-1 って?

という振りで、虚数 ・「√1i 」(√1は1だから省略して、「i」だが)を引っ張り出す意味がある。

ここんとこを、うまく編集しなおしできんものかと思うが、
まあ、大方の人は、するっと飛ばすんだろうなあ。
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「殿様と私」   文学座公演

原作、マキノノゾミ
  …といえば、「東京原子核クラブ」だ。

「殿様と私」というのは、「王様と私」の 日本版(明治版)、が元だという。
(じつは、「王様と私」というのを、それまで知らなかった。)

時代の動きについていけない殿様を、茶化したようなイメージで始まるが、
「鹿鳴館」という、猿真似の「西洋文明」外交舞台が追いかけるものも見えてくる。

で、「言葉が通じなくてもダンスで、語り合う」
という。
最後に「形あるものは壊れるものだ」であっさり終わっちゃう殿様が、
象徴だった。

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「イーハトーボの劇列車」 井上ひさし  こまつ座

30年余り前に、五月舎の公演があった。
井上ひさし原作は、「あて役」で宮澤父に佐藤慶だったそうな。
高橋長英、佐藤慶の掛け合いがなつかしい。

NHK‐eテレで劇場中継(録画だが)があった。
やっぱり、「生」の舞台だな。
作りとしたら、30年前のほうが、好みだった。
(おっさん向けでは今の客に受けんか?)

「謎の車掌さん」が空中に浮かぶ、というのは演出に凝りすぎだと思う。
(見た目が普通であるほど、謎が大きいんじゃないか。)

なお、宮澤賢治の時代の本願寺がどうだったか知らないが、
「念仏を唱えれば救われる」というのは、親鸞上人の主義ではない。
(そこから脱出したのが親鸞上人の功績だった。「信じぬ者も救われる」)
「親鸞は弟子一人持たず候」を知っていれば、賢治最後は「南無阿弥陀仏・・」ではなかっただろうか?

「満州国」に、ユートピアを作ろうと、賢治を誘う三菱のニイチャン。
国柱会の北一輝に感銘したというが、2・26事件のあと、どうなったんだろうか。

最後に、賢治とともに「思い残し切符」で乗車する、東北のお百姓さんたち。
「一杯30円の飯が高い、という都会の連中のために米を作ることはない。」
「これからは、都会なんか向かず、自給自足しようぜ」と、
娑婆に残る若者に訴える。
(もちろん、賢治の時代の30円ではない。ペットボトルの水を100円出して買う時代の30円の飯、である。)

グローバル企業にだまされて(そういう連中の言いなりになって)
「30円以下の飯」を日本に売るために自らの国土や生活を荒廃させる「途上国」の若者にも訴えたいところだ。

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ニシダのオヤジ


俳優座プロデュース
「東京原子核クラブ」
里庄町(浅口市)の生んだ、ほとんど唯一の著名人。仁科芳雄博士記念の特別公演のはずだが、
あまりPRできてなかったらしい。客席のおっちゃのばちゃんたちは、「ニシダのおやじ」を知らなかった。合併しちゃうと、そんなもんか。
(コアなお客は、広島や香川から来られてた。)

画像は、旧・町役場の前にある、仁科博士のレリーフ。

若き日の朝永振一郎の下宿には、物理学用語もピアノの音もキャッチボールの音も、メザシの匂いも飛び交う。
(「物理学用語」ってのが、市民劇場のアンケートでおばちゃん票を逃した最大だろうなあ。)

ノーベル賞確実か、と言われる「ヒッグス粒子」のニュースは、
「何に使って役に立つ」というものではないよ、という「物理学」の最先端の格調の高さを示しているが、
(他のノーベル賞とは「格」が違うと思う。何がすごいのかシロウトにはわからんけれど。)
きな臭さと純粋さの間で翻弄された、若き研究者とその師匠の苦悩を、いまの時代だからこそ考えるべきだと思う。

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ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

おっさん@社会福祉士

Author:おっさん@社会福祉士
お芝居は好きですが、
「ハッピーエンド」の話はもの足りん、という、困った奴?
安物のフィクションより、現実のほうがドラマチックと思うと、「非日常」を求めて観劇する意義が薄れる。

自称「すきま研究者」。誰もやってないことは、自分が先頭に立てるはずだが、誰もやってないことを確認するのも難しい。誰もいないと寂しいし・・。というジレンマ。

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