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「アンナ・カレーニナ」 エイコーン (市民劇場 '12 ・1月例会)

絶対に不幸になるに決まっている話」に付き合うのは、正直、苦しい。
どんどん不幸に突き進むアンナを見てられないところだが、
残念ながら(?)、この手の話だと絶対に眠くなるはずが、一睡もできなかった。
    ちょっと体調が悪いんじゃないか・・・と自分が不安になる


 封建社会の中で、地位のある身分が「自由恋愛」を通すことは始めから無理。(とくに「人妻」だと)
「すべて」を捨てて駆け落ちするだけの力も意志もない。
もちろん、封建社会そのものを否定する立場にもない。
封建時代の宗教は、支配者のためのモラルだが、持って行きようのない矛盾を「神様」のせいにして責める。
      でも、結局は、「単なるプライベートの問題」でしょ?

こういう「不幸」話からみると、
「ロミオとジュリエット」は、じつは「ハッピー・エンド」だと思う。
 (許されない恋人が、手をとって死んでいく・・・以上の解決があるのか?)

は、さておき。
栗原小巻の「心を病んだマダム」役は無理があると思う。
周りに叫びまくってるアンナは、どうみたって「おばちゃん」だ・・・。
  そんな設定だっけ?
(仲代達矢の「ゴッホ」もそうだし、故・杉村春子の「欲望という名の電車」もそうだったが、「ベテラン」が若い精神弱者を演じるのは痛々しい。

同じく、年齢的には若い役でも、「セツアンの善人」の「シェン・テ」なら、まだまだ行けるはずだ。
(栗原小巻のためにあるような作品だと、勝手に思ってるおっさん。)
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テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

おっさん@社会福祉士

Author:おっさん@社会福祉士
お芝居は好きですが、
「ハッピーエンド」の話はもの足りん、という、困った奴?
安物のフィクションより、現実のほうがドラマチックと思うと、「非日常」を求めて観劇する意義が薄れる。

自称「すきま研究者」。誰もやってないことは、自分が先頭に立てるはずだが、誰もやってないことを確認するのも難しい。誰もいないと寂しいし・・。というジレンマ。

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