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誰に「決めてもらう」価値観?

10月も後半になると(いや、もっと早いか?)
「喪中葉書」の広告が目につく。

それはそれで、出したい人は出せばいいのだが、
「私はいつまで喪中なんでしょうか?」などと、「他人に聞いて決める」人がいる。
それに対して無責任に自分の価値観で「喪中ですから○○しましょう」という、おせっかいなアドバイスを自慢する人達もいる。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14115300014
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110001811 など
「そんな人もいる」というだけのことだが、
自分の価値観は世界に通用する物差しだ、と、お考えだったら、それはそれで危険な思想でもある。
(他人の物差しで自分の行動を制限するのが一番情けないが)

で、「喪中」と自覚する人達は、「服喪」するのか?というと、
そんな人が「ちゃんと服喪」しているのを見たことがない。忘年会やらで騒いでおいて、「喪中につき…」なんて、あり得ん。
(自覚のある人は、ちゃんと自分の意志で決めるから、人に価値観を押し付けない。)
まあ、「喪中葉書」を売りたい業者の手先になってるだけだな。
そんな歴史ある風習ではない。(長く取っても、郵便局が年賀状サービスを始めて以後の歴史しかない。)

最近は、「喪中葉書をもらったら、【喪中見舞い】のお線香を・・」というテレビCMもある。
 (そんな習慣ができたんだ・・。「ホワイトデー」みたいなもんかな。)

年始回りで「穢れ」が移る、という人達にとって、FacebookやTwitterで「穢れ」が拡散するのは平気?
という、素朴な疑問。

因みに、まじめな門徒さんには、人の死は「穢れ」でないから、「喪中」そのものが存在しない。
「千の風」となって吹きわたっている故人を「穢れ」扱いして、どうやって逃れる?
(核シェルターで「喪」明けを待つのか?)
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テーマ : ショッピング
ジャンル : ライフ

プロフィール

おっさん@社会福祉士

Author:おっさん@社会福祉士
お芝居は好きですが、
「ハッピーエンド」の話はもの足りん、という、困った奴?
安物のフィクションより、現実のほうがドラマチックと思うと、「非日常」を求めて観劇する意義が薄れる。

自称「すきま研究者」。誰もやってないことは、自分が先頭に立てるはずだが、誰もやってないことを確認するのも難しい。誰もいないと寂しいし・・。というジレンマ。

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